中絶の体験談

サイトに寄せて頂いた中絶の体験談を、こちらに掲載させて頂きたいと思います。
是非一度お読み下さい。

匿名さん (20代女性)より

半年前ぐらいに手術をしました。彼とは同棲してました。
彼は18,私は20歳でした。生理がこなくて、気分が悪くて、ごはんも食べられないし、すぐ吐いたりしていました。
検査薬は陽性でした。自分で病院を調べて友達に診察についてきてもらいました。10週でした。
涙が止まりませんでした。
産もうとは思えなかった。無責任やった。
手術の費用もなくて、親にも言えず、友達にお金を借りて回った。みじめやった。
費用を持って行かなければならない日までにお金を用意できなくて、その日は術前の治療をしないと行けない日だった。
怖さと迷いと情けなさで、診療をすっぽかした。
バイト中、病院からケータイにずっと着信があってかけなおしたら、怒られた。
お金が用意できなかったことを言うと少し待つからと言ってくれた。

手術当日、彼は大事な試験の日で来れず1人で病院へ行った。
麻酔を打たれて目が覚めたころにはすべて終わっていた。
まだ麻酔がきいているから、お迎えの人か、タクシーで帰るように言われた。
迎えに来てくれる人はいなかった。タクシーに乗るお金もなかった、迎えが来たと嘘をついて帰ろうとすると看護婦さんが外までついつきた。
危ないからちゃんと迎えを呼んでくださいといわれた。
にげだしたかった。
結局タクシーを呼んでもらって、1メーターだけ乗って電車で帰った。
死にたかった。

次産まれてくる赤ちゃんを祝福できる自信がなかった。
いまもそのときの彼と付き合ってるけど避妊はあまりしてくれない、毎月生理をまつばかり。

どうしてこんなに自分は無責任なのか。
悔しい。

かりんさん (30代女性)より

中絶とは…
時として、自分を守る術にもなります。

私は現在3人の育児に追われている毎日ですが、この幸せを守ってくれているのは最愛の夫です。

夫と出会う前には、5年間交際していた彼がいました。その彼との交際1年目、まだ私は学生で、就職先が決まっており卒業を待っているタイミングで妊娠しました。
その時は自分の将来を考えるばかりで産むことは選択肢に入りませんでした。彼の決心もつかず、中絶を選びました。
それから2年後、また妊娠してしまいました。悩みました。デキ婚が流行り始めた頃で、彼は産むことを強く望んでいました。私は、産む気持ちと、彼の経済性のなさへの不信感とで葛藤していました。やはり、家庭を持つにはそれなりの経済性が必要です。借金に追われているのにクルマにおカネをかけている彼…アルバイトの収入で住民税も払っていません。家庭を養うのは到底無理でしょうと考えるシビアな自分がいました。産んで終わりではないのですから…
私の母親は悲しがって憤りました。父親は、お前が本当にそう思うのなら結婚を考えてもいいが本当に産みたいのかよく考えるように、と言ってくれていました。優しかったです。
彼の親は、自分達の車を売ってお金を作るようなことを考えて下さっていたようです。
けれど、どうしても自分の親を裏切るような気持ちに駆られ、仕事もまだ辞めたくない思いがあり、結局、また中絶しました。
その後、私の身勝手さに嫌気がさしたらしく、彼は浮気をし、私は別れることを決意しました。
別れる時の彼の言葉は忘れません。
「1度目の中絶手術のお金、返して。」と。
今になって考えると、産んではみたものの、
彼とは離婚していたんじゃないかと思います。

その後、今の夫と出会い3年の交際を経て結婚しました。過去の中絶の後遺症もなく、3人の子宝に恵まれ良い環境で子供を育ててあげられる今だからこそ、女性の幸せの真意を思います。

ですが、あの中絶の犠牲になってしまった何の罪もない命には深く詫びる気持ちで毎日生きています。忘れない日はありません。
命の誕生を経験している今だからこそ、その重さについて、望まれない命を宿らせてしまった自分の軽率さについて、より深く考えることができます。

中絶を選択した私を間違っていると思う人もいるとかと思いますが、自分の人生、自分の命をこの世へ送り出してくれた親、様々なことを考えると、間違ってはいなかったと思います。

ママさん (20代女性)より

四年半程前、高校を卒業して間もなく妊娠しました。
三年間付き合った彼氏と別れ、寂しさからすぐに新しい彼氏と付き合いはじめ、妊娠が発覚しました。
避妊はしませんでした。その頃の私は精神的にボロボロで、すべてがどうでもいいと投げやりになっていたのだと思います。
妊娠しても当たり前のことをしたのですが、どうせ大丈夫だろうと甘く考えていました。
検査薬で陽性反応が出た時はわけがわからず呆然としました。
だけど現実からは逃げられず、妊娠したのだと自覚しました。
ただ怖くて、どうしたらいいかわからず、何も考えられない日が続きました。
自業自得なのに、彼氏や、何の罪もない子供を恨んだりもしました。
それからしばらくして病院に行ってお腹の赤ちゃんを見た時に初めて愛しいと思いました。
産んであげたいと思いましたが、何においても中途半端な状態で、諦めるしかありませんでした。
赤ちゃんはお母さんを選ぶとよく言いますが、それが本当ならば何故私のところにきてくれたのか…罪悪感と後悔ばかりでした。彼氏とは自然消滅のようなかたちですぐに別れて、しばらくの間は立ち直れず辛い日々を過ごしましたが、数年経った今新しい命を授かりました。
中絶してしまった赤ちゃんにはもう二度と会うことはできないし、どうにもならないことですが、今お腹にある命を大切に育て守ってあげることがこんな私にもできる最低限のことだと思います。
あの時ああしていればと今でも考えますし、私のした事は決して許されることではないです。
だけどあの子に巡り会っていなければわからなかった感情、たくさんのことを教えてくれました。
幸せにしてあげられなかったけど、少しの間だけでも一緒に過ごして私を母親にしてくれたこと、私の子になってくれたことを心から感謝してありがとうをいっぱい伝えたいです。本当にありがとう。

えりさん (10代女性)より

私は16歳の高校2年生です。
4ヶ月程前、私は1人の小さな命を亡くしました。

妊娠に気付いたのは6月、突然の吐き気がに襲われました。この時は風邪引いたんだなと思っていました。だけど、毎日毎日吐き気に襲われる…私はもしかしてと思い、検査すると、陽性。
私は彼を呼び、話し合いました。
私の彼は高校3年生。彼は学校をやめて土木の仕事についていました。
私が妊娠の可能性を話すと彼は「産んで‼俺、頑張るから‼」と言ってくれました。

そして彼と病院へ行き、結果は妊娠4周目でした。
彼も私もすごく喜びました。

しかし、私の親は反対の一点張り…私は彼の両親と私の両親とで話し合いをしました。
3時間程の話し合いでお互いの両親から賛成という結果がでました。私達は本当に嬉しかったです。
その日から名前何にする⁇など、色んな計画立てていました。

しかし、私の赤ちゃんが4ヶ月に入る前のこと、私の親からの反対。
理由は彼の仕事の収入が少なすぎるから…。
私達は愕然としました。
そして中絶を決めてしまいました。

私は4ヶ月立った今でも後悔しています。
何故、あの時頑張るから言えなかったのだろう、なんであの時自分はうみたいと言えなかったのだろう、と。
中絶してからは私は精神的ストレスで毎日泣きわめき、毎日暴れたりしていました。
最近は落ち着いてきたのか大丈夫ですが。

私はもうあんな事したくありません。
小さな命を粗末になんかできません。
お腹の赤ちゃんは小さくても必死で生きているのに、それを勝手に中絶するのは間違っていると思います。
いつか中絶が無くなることを祈ります。


そして私の赤ちゃん、心愛ちゃん。
あの時はままの勝手でごめんね。またいつか心愛ちゃんに会えることを楽しみにしています。

この子ままさん (10代女性)より

私わ今高校2年です。
1年間以上付き合っている彼との間に赤ちゃんができました。びっくりした反面喜びもあり彼も産んでほしいとゆってくれたのです

気持ち悪くて食べられないご飯もこの子のために頑張って食べようと思い気持ち悪い中食べたこともありました
ですが未成年ということもあり両親は反対します

この子のためならなんだって頑張れるのに
周りにも迷惑かけちゃうから

お父さんわ本当のお父さんではありません
でも産みたいというとどうなるかわからないから産みたくても産みたいってゆわないで と母わ言います
これから父と話します絶対に泣いてしまうけど頑張って話してきます

ままのお腹にきてくれて
ありがとう

お空から見ていてね

えりえりさん (10代女性)より

私は16歳高校2年生です。
先月7月14日に中絶しました。

6月初め彼との行為後突然の吐き気に襲われました。私達はまさかと思いました。私達は前から子供が欲しいと思っていて二人でこつこつお金をためていました。行為の時も中出しでした。私達2人はその時本当に嬉しかったです。
その翌日、また吐き気に襲われました。母に検査薬やってみなと言われやってみると結果陽性。妊娠の可能性がありました。その日は学校もあるという事で学校の後に病院に行きました。内診の後先生に言われたのは、「妊娠4周目だね」 その時彼も一緒に来てくれていたので2人で大喜びでした。

しかし、私の親が大反対。話し合いでも反応を押し切っていました。でも私達が貯金していたことを伝え、通帳も見せると、賛成してくれました。

3ヶ月に入ったころ、私の親が堕ろせと言って来ました。理由は未成年であり、私もまだ考え方が子供すぎるという理由でした。
私はそれでも産みたいと言いました。
でも最後には堕ろそうと決めてしまいました。今思うと馬鹿でした。
彼は堕ろさないでの一点張りでした。

でも堕ろしてしまいました。今私はとても後悔しています。今では精神的なストレスなどもあります。
私はあの子のっこと忘れられられません。

shihoさん (20代女性)より

19歳、大学2年生の時に妊娠。
原因は面倒臭がって避妊しなかったという今思えば、後悔と自責の念が湧き上がってくるような理由です。

相手は当時無職で、今ではうつ病だとわかりましたが経済的に余裕のある人ではありませんでした。

私も大学生、将来の事、お金の事、人間関係すべてに不安感を覚え中絶。

一人っこという事のプレッシャーもあり、親には言う事が出来ませんでした。

当時は感覚が麻痺し、友人に中絶について大袈裟に言って変な優越に浸っていました。
1年くらい経ち、急に精神的に不安なり激しい後悔と自己嫌悪に陥り、突発的に涙を流す事が段々と増えてゆきました。

相手とは未だに良いお付き合いをしていますが、彼もうつ病。私も精神不安とボロボロです。
一時期、大切にしていたヌイグルミを本気で亡くした子の生まれ変わりと思い自分自身を見失う事もありました。

一生、謝罪の気持ちを持ち続けなくては、自分は子供を殺した犯罪者と思い人生を歩まなければならない自責の念と

それから逃れ、人生を謳歌したいという願望が

ぶつかり合って、常に八方塞がりです。

水子供養で解決する問題でも、ましてや親にも話せず、自分の将来も結局は不安になり、幼い子供を見ると動揺してしまう毎日。

産んでいればとも思いますが、育てることは今も望んではいません。やはり避妊をしておらず家族計画を立てていなかった自分をとても恥じ、消せない過去に縛られています。

ひろさん (10代女性)より

私は18のときに中絶しました。
今、留学していて、まさかこんなことになるとは。
私には2年近く付き合っていた外国人の彼がいました。2年間ほとんどといっていいほど遠距離で、寂しさは募るばかり。ある出来事があり、私と彼は別れました。彼は一所懸命戻ろうといってきましたが、私は次に進むのが自分のためだと想い、そのまま連絡はほぼ取らず。私は彼を愛していました。ただの好きではなく。でも、忘れたい一心で、ほかの日本人と付き合いました。彼のことは、普通に好きでした。ただ、忘れたい一心で体の関係を持ち、、、泣くこともしばしば。
なかだしまでして。。。。
結局私は元彼を忘れることなんかできず。。。
ある日、なんだか体の様子がおかしいなとおもい、しばらく様子見だったのですが明らかに妊娠している風だったんです。
妊娠がわかったとき、やっぱり考えるのは元彼のこと。なんで、あの人の子ではなくて、、、、、なんてことをしてしまったんだろうと、毎日泣きました。
どんだけ泣いても、気分は晴れず。
つわりが始まり、毎日が苦しかったです。
そのとき、周りに友達はほとんどおらず。
彼には知らせないで、中絶を決意しました。
中絶はあっという間でした。
ほんとうに。
「もう終わったんですか?」
という私の問いに看護婦さんは
「yes」
終わってしまった。
たとえ望まなかった子だとしても、涙はあふれて、よくわからない悲しさに襲われるだけでした。

このあと、生き方について考えさせられました。
日本人の彼とは別れ、元彼とよりを戻しました(中絶の話はしました)が、やはり関係はうまく行かず。
半年以上経った今も、傷は癒えずに残っています。
思い出せば、悲しくなり、病んでしまうときもあります。

今の若い女性たちが、わたしのような馬鹿な間違いを犯さないことを願います。

youharuさん (20代女性)より

私は、2回、中絶をしました。 今もまだ、後悔と、ぽっかりと空いた心の穴を埋めることができません。
相手は10歳年上の家庭のある男性でした。
愛していました。それ以上にあの子達を愛していたのに、子供が大好きなのに、私は生んであげることができなかった・・・自分の母のため、彼の家族のため、幸せになれないかもしれないあの子達のため・・・そうやって、沢山の人を責めて、苦しめてきました。まだ急にパニックに陥って、八つ当たりをして他人を傷つけることもあります。
きっと、まだ母親にはなってはいけないと、子供たちが教えてくれているのかもしれません。結局は自分のためなのかもしれません。でも、同じ想いを、ほかの誰にもしてほしくない、心から人を愛し、人に祝福され、誰からも愛される子供が、星になった子供たちの変わりに産まれて、生きてくれることを、願っています。

子供は奇跡。何にもかえがたい宝物。今までも。これからも。