中絶の体験談

サイトに寄せて頂いた中絶の体験談を、こちらに掲載させて頂きたいと思います。
是非一度お読み下さい。

可能性さん (20代女性)より

先月、人工中絶を受けました。
妊娠検査薬には、しっかりと陽性反応が出ました。私はとてもうれしくて、相手も同様な気持ちでしたが、病気をもっている私に医師は「今回は諦めてください。今の状態で出産しても、胎児に影響がでてしまう、それとともにお母さん自身にも影響します」と告げられました。
悲しくて、また自分自身を情けなくなりました。赤ちゃん一人満足に産んであげられない自分がなんとも、情けなくそして恨みました。
手術当日。局所麻酔でおこなったのですがあまりの痛みで、悲しみや悔しさが吹き飛んでしまいました。
これは、私への罰だとも思いました。
あんなに、情けなく悔しいと思ったのに
痛みによって、早くしてほしいと思ってしまった、私への罰だと。
今でも忘れません。
あの悔しさや、情けなさ。
そして、あの痛み。
ですが、わずかな時間でしたがお母さんになれたあの気持も、決して忘れないです。

プイさん (10代女性)より

私は19歳。2週間前に中絶手術をしました。
相手は4年付き合っている彼氏でした。私は短大生であと少しで卒業という時期。
彼は大学生であと2年大学生活が残っているという状況でした。
私は、就職先も親が喜んでくれるような良いところに決まっていたのですが、わかった時からすべてをあきらめて産みたいと思いました。彼もきっと私と同じ気持ちだと信じていました。
妊娠検査薬で検査をし、陽性だとわかって、彼に電話しました。彼はすぐに来てくれ、翌日の朝一緒に病院に行きました。
わかった時はちょうど5週目でした。私はこれから先の不安、だけどすごく嬉しかった。
でも甘すぎたのです・・・
彼氏は深く深く考え込み、二人で涙を流しました。
だけど私の決意に彼も同意してくれ、病院から帰ると、お互いの両親にそれぞれ話しに行きました。
私の親はすぐに飛んできてくれ、いろいろ話しをしました。怒られるだろうと思っていましたが、両親はお寿司やお肉をいっぱいいっぱい買ってきてくれ、私の体を心配してくれました。
そして両親と話し合いましたが私の両親はどうしても許してはくれず、さまざまな話で私を説得しました。
私の両親も中学生の時から付き合っていたのですが、結婚前に中絶という悲しい体験をしたそうです。
私は驚きました。この話は父、母、別々に聞きました。
ですが私はその話を聞かされても最後まで諦めるという決断はできないと告げました。

彼の両親は、産んでもいいと言ってくださいました。しかし、彼が大学を辞めることは許さず、彼の実家に私だけ引き取るとのことでした。 私はそれでも我が子を産めるなら、と思いました。

そして彼の両親と私の両親と私と彼。
二回目の話し合いのことです。
私と彼はお互いの親を説得するのに一生懸命で、2人で話していませんでした。
話し合いは彼の親と私の親の意見が平行線のままでした。私の両親も彼の両親も、私と彼の事を、自分の子供のことを、とてもとても愛しているんだと感じました。

私は自分自身の中でいろいろ考え、彼に最後に大学を辞めて働く気はないのか尋ねましたが、彼は大学は辞められないと言いました。

そして私は、諦めることを決断し、その場でそういいました。

私は涙がとまりませんでした。
その後は私の母がそばに付いてくれ、手術の日まですごしました。
彼のことを私は恨んだこともありました。
どうしてすべてを捨てる決断をしてくれなかったのだろうか、助けてくれなかったのだろうかと・・・。

だけど、彼がわたしを精一杯愛してくれている事も気づいていました。

手術のあとも彼とはけんかになってしまったり、お互い弱っていました。

しかし、今も彼とは続いています。

命というのは、なんて素晴らしく大きなものなのだろうと思います。
我が子を産んであげられなかった私が言っても最悪かもしれませんが、ほんとに命というのは大きなものです。

好きという気持ちだけで、簡単に命を作ってはいけないということを身をもって感じました。

私はまだ無力で無知で子供だということがよくわかりました。
私を産んでくれた両親に感謝し、命を絶ってしまった我が子の分まで精一杯生きていかなければとおもっています。
私は今日まで、一人の力では生きてこれなかった。私をこの世界に産んでくれ、守ってくれ、愛を精一杯そそいでくれた両親がいるから、人を愛すること、信じることができたんだと思います。

これから、私もそんな親になれたら、精一杯わが子を守りたいと思います。

いつかそんな日が来ることを願って、
今回のことを一生心の中で忘れず
彼と日々がんばっていこうと思います。

らみさん (30代女性)より

26歳の時に中絶しました。若気の至りですね。
年齢的に授かり婚でも良かったのですが当時付き合っていた彼はバツ1で前妻との間に3人の子供がいました。そしてサラ金へ300万以上の借金があったのです。
私は迷わず中絶を選びました。
入籍してサラ金からの取立てが両親へ行くことが怖かったしそんな状況で出産育児なんって絶対にできないと思ったからです。
今でもそのことには後悔してません。正しかったって思います。
その後、彼にはほかにも付き合ってる人が何人かいることがわかり、別れました。
そのことも後悔せずに住んだ理由です。
確かに、私の子供ではあるけど産んでたらきっと子供を見るたびに産んだことへの後悔と裏切られて騙されてたことを思い出し子供を愛せたかどうかわかりません。
今世間であるような子供への虐待等になってたかも知れません。
中絶したことに苦しんでる人もたくさんいる思いますが産まない選択もまた、正しい選択になることもあります。
その後4年して最愛の人とめぐり合えて今、幸せです。子供を産んでたらつかめなかった幸せかもしれません。

Mちゃんさん (20代女性)より

避妊しなかった。私も彼も病院で子供が作りにくい体だといわれていた。自然にできる事はなかったっはずそんな2人に赤ちゃんができた。
本当なら 幸せで幸せで 宝ものを神様から授かったのだと思った。
でもね どんなに愛しあっていても、産めなかった。
彼には 家庭があり 私は、答えを選べずにいた
産んでほしい。と 言われたけど 産めるはずがない。 誰が聞いても自業自得ねひとひぼっち 抱きしめてはくれるけど私のものではない。 辛くて辛くて

シングルマザーに少しのあいだなるってはじめは思った。 でも 何時まで待てばいいのか分からないゲームの様な人生なんて、いや

愛しあっていても、産めなかった。
事実。貴方はわたしのモノではないから

赤ちゃんごめんね。
ママがバカだったは 私が 気を付けていれば、あなたを傷付けなくてよかったわ
ごめんね。

私は、自分を大切に出来なかった。
もう いい歳なのに、
すごく愛してても 傷付いてしまうと 終らずには
いられないのかもしれない。

自分を大切にして下さい。
痛むのは自分 何だから。
ごめんな と言われた。
私は、返事を返す事ができなかった。

明日は、お祈りにイコウ 私の赤ちゃんがまた、
わたしを選んでくれる事を願いに
何も出来ない
ママを許して

みなさん (30代女性)より

最初、私はまったく気づきませんでした。彼氏が私の体の変化と不安定さに気づき、生理1週間遅れてから突然妊娠判定薬を買ってきました。陽性でした。
2人で喜びましたが、統合失調症の私が薬を断薬するために薬を全て捨ててしまいました。
2日後から幻聴耳鳴り幻覚、人と話せない、買い物の仕方が分からないと、酷い状態になり、堕ろさざるを得なくなりました。
一日中薬の断薬症状で震え、実際の映像と対抗色が交互にチカチカし、がたがた震えっぱなしでした。彼氏はできるだけ産みたいと考えていましたが、母体を考え堕ろすことにしました。つらい子供がかわいそうというよりも苦しさの方と、統合失調症による怖さで手術も怖くてしょうがありませんでした。
幸い、私の選んだ病院は有名なところで、肩の注射も腰の注射もなく、朝9時に受付を済ませると、そのまま手術で点滴のとても太い針で18Gよりも大きく、させる血管がなく困ったのですが、仕方なくひじ裏の血管に点滴しました。手術中のことは、胎児が逃げ回った感覚など少し覚えています。8週目での手術でした。手術費用は9万円、一日ベッドで安静にして頂き前処理も術後の出血も殆どなかったことからもとても良心的な病院を選ぶことができたと思います。
術後は目が回るような感覚とともにベッドに寝かされたことを覚えています。少し起き上がれました。昼すぎにジュースを頂き、その後は飲み物はなかったのでのどが渇いて仕方がなかったです。その後は5時ぐらいまで寝かせられ、内診の後、病院を出ました。
病気がひどくならなければ、勝手に断薬しなければ産みたかった。今は妊娠も子供を授かることも怖くてたまりません。
でも彼氏には妊娠直後に結婚指輪を貰い、一生過ごす、絶対に離さないといわれたので、そして私もそれを望んでいるのでゆくゆくは子供を産むだろうし、彼は子供をたくさん欲しがっているので、産むでしょうが今は怖くて考えられません。まだ、病気の影響で外に怖くて出られないので、一日中、罪悪感とも共に部屋から出られず、また仕事を辞めざるを得なくなったことから将来への不安で押しつぶされそうです。

ぽんたんさん (20代女性)より

先週、中絶手術を受けました。
相手の男性は、手術の当日に寝坊・・果てに、「もういいでしょう・・」という雰囲気で早く帰りたがり、私自身のショックに向き合ってくれることはありませんでした。
傷つくのは絶対的に女だと一般的に言われます。身をもって感じました。
一時的にも、あんな男性を好きになり、軽く身を委ねてしまったことに心底後悔し、心から相手を憎んでいます。
思っていた以上に精神的な打撃が大きく、術前から2週間ほど引きこもり、生きることなど無意味だとまで考えました。
男など皆同じ。それは極端な考えだとわかっていながらも人間不信に陥っています。
そして、結婚願望も子どもを持つ願望も人一倍強かった私は、産めなかった事実にもショックを受けました。
1ヶ月になる命が、自分の中に育っていて、男性に愛される子どもでありさえすれば、生まれることができたのに。
軽率な性交渉でしかなかったのです。
本当に、ごめんなさいと、その命に謝ることしかできません。
本当に、本当に自分が情けないです。
もう、「ただ好きだから」という安易な気持ちで性交渉はすまい、と心から誓い、まだまだ男性を信用できない状態ではいますが、少しずつ前を見ようと思います。

朱朱さん (30代女性)より

11月11日私は3人目の子供を中絶しました。
2人目は1歳3ヶ月で夜間は授乳もしていました。
育児休暇から仕事に復帰し1ヶ月で妊娠が発覚しました。
陽性になったとたん産めない”と思いました。
私の母は体が弱く主人の母はいなくて出産に対して頼りになる人の存在が見つからず、すべて私に負担がかかると自分の苦しみばかり考えていました。
すぐに病院へ行き心臓の動きを確認する前に中絶したいと思いました。
主人は産む考えでしたが仕事上バックアップにも限界があり私の気持ちを変えるほどではありませんでした。
中絶日が決まったとたん産みたい気持ちが溢れてきました。
当日麻酔が効くまで悩み苦しみました。
麻酔がさめたとたん涙が止まりませんでした。
もう少し時期が違っていたら違う考えで産んでいたはず。
すべて母のわがまま、自分の楽”の為に犠牲になった命。
一生この事実から逃げずに生きていこうと思います。
そしてそれまで死”を恐れていたわたしが赤ちゃんにあえることで死への恐怖が消えうせました。
いつか必ず逢えることを願って

れいかさん (20代女性)より

22才の誕生日を迎えた翌月、初めて妊娠検査薬で陽性が出ました。
心から喜びましたが、C型肝炎である私は母子感染が怖くて中絶しました。
当時、妊娠に関しても肝炎に関しても知識が全くなく、血液の病気だから感染の可能性はあるし、感染したら障害があるかもしれないと、障害者の家族を持つ知人に言われました。
子供の将来を考えた結果、中絶を決めました。
手術後は家に帰ってからも涙が止まりませんでした。
泣いても泣いてももう会えないんだって。。。とにかく1日中泣き続けていました。
別れの日から数日後、夢を見ました。
その時住んでたマンションの部屋で、カマをもった男の子が私に襲いかかってきて殺そうとしていました。
今でもその男の子が失った子供だと思ってます。
その夢は聞くと怖いと思いますが、私には申し訳ない気持ちが強く、夢の中の自分も泣いてその子に何度も謝っていました。
その男の子に私があなたを産んであげられなかった理由を話したら、パッと夢から覚めました。
もちろん、現実の私の目にも涙があふれていました。
翌日眠りにつくのが正直怖かったのですが、それからは夢を見なくなりました。
失った後悔は一生消えませんが、今中絶を安易に考えてる人がこの体験談を読んでるなら、もう1度考えてください。
中絶の辛さは経験者しかわからない事かもしれませんが、出産より中絶後の負担の方が大きい事は体験談を読んでわかってほしいと思います。
出産ももちろん体に負担かかりますが、中絶は心に負担がかかり、一生消えない傷になってしまいます。
授かるという事は、子供があなたを母親として選んでくれたんです。
簡単に中絶しようと思ってる人がもう1度考えてくれたら嬉しいです。

しんさん (30代女性)より

一ヶ月前、中絶手術を受けました。
お付合いが始まってから ちょうど一年になる彼には、奥様がいます。
そして、私にも 夫がいます。

彼と一緒になりたい。誰も知らない土地で、彼と子供と 3人で、新しい人生をスタートさせたい。私は そう思っていました。
しかし 彼は、違いました。
妊娠を報告したところ 即、「父親にはなれない」「一緒にはなれない」と 言われました。
今まで築いてきたものが、全て壊れる。 家族に顔向けできない。会社も追われる。とのこと。
子供の命より、私より、自分が大切なのでしょう。

確かに、結婚というのは 本人の意思だけで決まるものではないことは、私も分かっています。
誰にも祝ってもらえない結婚をしても、幸せになんてなれないことも、知っています。
だけど 私は、好きな人と一緒に 人生を歩みたかった。彼の子供が欲しかった。

でも それは、叶いませんでした。

夫には 会社に行くフリをして、自分で車を運転し、病院へ行きました。
出産の経験が無いため、前処置の際に うめき声を上げるほどの 痛みがありました。
でも、今から殺されるわが子が感じている苦しみは、こんなものでは無いと思うと、辛くて辛くて 涙が溢れました。

手術は、短時間で終わりました。
全身麻酔をして行われた為、特に 耐えがたいほどの痛みは 感じませんでした。
普通に産まれてくれば 80年生きられるであろう命を、あっさりと絶ってしまいました。 私の身勝手さが原因で。

今は、家庭でも 会社でも、何も無かった顔ををして、ヘラヘラと生きています。
せっかく授かった 初めての子供を、殺しておきながら。

私も、あの子がいる所へ行きたい。 何度もそう 考えました。
でも、たった数週間一緒に過ごした 姿の見えない子供を失っただけで、こんなに苦しむ。
31年私を見守ってきてくれた両親の気持ちを考えると、自分で自分の命を絶つなんて、できません。

私は、生きていかなければなりません。

「名無し」さん (10代女性)より

わたしは最低な人間です。
こんなわたしが彼と付き合ったのは3ヶ月前。
前の彼氏は4年付き合っていました。

そんな元カレを忘れさせてくれる大きな存在が5つ上の彼でした。
信じて疑わなかった。
付き合って2ヶ月で妊娠!! びっくりしました。
喜んで彼に報告しました。
彼も喜んで「産もう。何があっても2人を守る。」 涙がでました。

妊婦にはつらい職場だったため挨拶をして辞めさせて頂きました。
いろんなことを調べました。
産まれてくる我が子を想像して・・・ でもそんな日々はすぐに崩れ落ちました。

彼は自分から両親に話してあるとわたしに言っていて、一向に会わせてくれません。
わたしの家は反対されながらも、わたしの本気の想いに納得してくれました。
彼も一緒に挨拶をしました。
妊娠8週を迎えた悪阻が酷い日の午後でした。
彼の両親と話す場を用意してくれました。
両親と話していると、彼の嘘が次々と暴かれました。
わたしは涙を流して聞くことしかできませんでした。
詳しくは書けませんが、浮気などではありません。
ですが、両親に逢うまでのあたしに話してた話は嘘だと。
同時に育てられないとわかりました。 涙がとまりませんでした。
彼を信じて疑わなかった自分が憎い。 悔しい。辛い。
それでも一人で産む決心はできていました。
ですが実際わたしは複雑な事情で両親を養っている立場であり、姉に頼ることも無理です。
育児一時金や助成金制度を利用しても、もしも赤ちゃん又はわたしに何かあったら、赤ちゃんを守る人がいないのです。
絶望的でした。
彼からのまさかの裏切り。 現実の問題。 中絶と言う二文字。
泣いても泣いても現実は変わらず、彼は頭を下げるだけでした。

一週間後の今日・・・ わたしは自分の勝手でこの子の尊い命を奪いました。
今も涙がとまりません。 産めなくてごめんね。
男性を信じること。 子供を産むこと。 いや、人間として生きること。 今は全てが怖いです。
何度も一緒に死のうとした。 でも、もう逃げない。 一生共にこの子とゆっくりでも歩んでいきます。
中絶は体もそれ以上に心も深い深い傷をつけるものです。 一人でも減りますように・・・ 心から。