中絶の体験談

サイトに寄せて頂いた中絶の体験談を、こちらに掲載させて頂きたいと思います。
是非一度お読み下さい。

ナイトさん (30代女性)より

私は小学校3年生と2年生の子を持つ母です。
この子達が3歳と2歳の時に離婚をして母子家庭として4年ぐらい生活していました。
上の子が1年生、下の子が年長さんの時にバイトで知り合った今の旦那と再婚しました。
仕事はまじめでかなり頑固な人でしたが去年は家も新築し4人で暮らしていました。

しかし私達はいつしかすれ違うようになり、2度目の離婚を考えていた時、妊娠が分かりました。

生理が遅れているときから主人は『もし出来ていたら下して』と言っていました。
妊娠が確実になった時私はすごく産みたかった。
子はかすがい・・・になってくれたら。と思っていました。
しかし彼の気持ちは変わりませんでした。

子供を産んだら生活できなくなる。
住宅を手放さなくてはならなくなるかもしれない。
彼はそう言いました。
私の実家も彼と同じ意見でした。
コブつきをもらってくれたいい人。
家まで建ててくれたいい人。なのです。
私も上の子2人を抱えて1人で出産する覚悟が出来ず、手術に同意しました。

昨日、手術を受けてきました。
麻酔が中々覚めず、1日ボーっとしていました。
泣きすぎて当日は涙も出ませんでした。
彼が『大丈夫か?』と聞いてきましたが私にはホッとしている顔にしか見えませんでした。

上の子は女の子です。
もし将来妊娠したら中絶だけはさせたくないです。

誰からもおめでとうと言ってもらう事の出来なかった子を私は決して忘れません。

伝えたいさん (20代女性)より

21歳の夏、生理不順でホルモン注射を2本打った。注射を打っても1ヶ月間生理がこず・・・まさか妊娠か?と軽く思って検査薬を使った。

妊娠してた。

その後、病院で妊娠2ヶ月だと分かった。
私は平常心で出産は無理だと判断し、無表情で「中絶します」とすぐに答えた。
それが当たり前の判断だと思ったから普通に言って、「お金かかるだろーなー」とか考えながら、とりあえず家に帰った。

その時の相手は、34歳の妻子持ちだった。
大好きだけど将来を期待してはいなかったから相手に相談する必要もないと思い、その日も何もなかったように振舞った。

もちろん親には何も言わない。
「妊娠の相手は誰!?」とか聞かれたら言えない相手だし。
親から信頼失うかも・・・とか考えた。

友達にも心配させたくないし、さすがに軽々しくは言えなくて話さなかった。

「薬飲めば卵流れるのか・・・よし、がんばるか」
私一人で解決しようと思った。


・・・・・解決できると思った。

実際は、そんな簡単なことじゃなかった。

手術当日、吸引での中絶手術になったので、私は言われるがままに無表情で手術台に乗った。

しかし、そこでなぜかわからないけど信じられないほどの涙があふれでてきて麻酔も何も感じられないほど私は泣き続けた。
全然痛くなかったのに・・・わからない。
寂しいわけでもないのに・・・
望んだ子でもないのに・・・わからない!!

これが私の中絶だった。

今になって、その時の無知な私は命の重さを体では感じていたんだと思う。


その重さがなくなった喪失感は、冷静な私でも冷静さを保てなくなるほどのショックです。

今の私がこんなことを伝えて皆さんの心の中まで伝わるのかわかりませんが、
一瞬の自分の快楽のために、
相手の要求を満たしたいために、
中絶を軽く考えないでください。
本当に命を大事にしてあげてください。

妊娠1週目でも、2週目でも自分の赤ちゃんなんです。

次に妊娠した時は、必ず愛をいっぱい注いで大事に産み育ててあげます。あの子の分も。 

ハレの日さん (20代女性)より

今月手術を受けました。

生理は順調な方なのに、先月は来ず、でもまさか自分が妊娠しているなんて思わなくて。

ストレスのせいだと思い込もうとしていました。
でも結局、陽性…病院へ駆け込み、8週目とわかり、筋腫があることも聞かされました。
妊娠発覚からわずか4日後には手術を受けていました。
今産んでも彼とは経済的にも子供を満足に育ててあげれないことは分かっていました。
でも、悔しくて、悲しくて、辛くて、ただ涙が溢れてきました。わずか4日間でしたが、母としての自覚が芽生えていたんだと思います。本当に辛かった。

手術は全身麻酔でしたが眠れず、鈍痛は感じていました。カチャカチャと金属(手術具)の音が最初から最後まで聞こえ感覚もありましたし、最後は麻酔が切れたようで痛くてもうやめて!と叫びたいほどでした。
看護師さんが手術中ずっと手を握っていてくれて、それがとても心の支えになりました。

術後沢山泣きました。でも後悔しても仕方の無いことなんです。だから私は後悔するよりもこの命の分も幸せになろうと思います。幸せにならなきゃいけない義務があるように思います。心の傷は一生消えないでしょうけど、後ろ向きではなく、前向きに生きていかなければいけないと思います。幸せにしてあげられなかった、この命のためにも。  

たぴおかさん (30代女性)より

私は当時、不倫をしていました。

彼からは、奥さんとは離婚するから、お前の子供がみたい。作りたいという事を言われ、セックスのときも、ずっと中出ししていました。
私は、昔から子宮が弱く、且つ、子宮頸癌だったりと妊娠できるとは思っていませんでした。

ところが、彼との間に子供が出来ました。

生理がこなくなり、検査薬を使ったら見事妊娠マークが出ました。
病院にいって、実際にエコーでお腹を見たとき、小さな小さな丸い点が見え、物凄く嬉しかった。

私の中で、命が宿ったって本当に嬉しかった。
その喜びを彼に伝えました。
彼は、顔をゆがませ、ごめんとしか言いませんでした。
しかも、今になって、俺は奥さんの事を誤解していた、だとか、自分の3人の子のいい父親になりたいんだとか言い始め、つまりは降ろしてくれ、という事を違う言葉でずっと言われ続けました。

私は自分ひとりで育てたらどうなるだろうか、だとか、色々なことを考えながら毎日を過ごしました。
私のお腹の中にいる子には、全く問題なく、私と、その子の父親のせいで、自分の意志とは関係なしに、生きるか、死ぬかを決められてしまう。

本当に、本当に悲しかった。
自分は、なんて愚かなことをしてしまったんだろう。
2週間以上、泣かない日はありませんでした。
この子を守りたかったけど、彼から送られてきたお金を見たとき、もう、無理だと思いました。
言葉もなく、ただ、降ろす為のお金を渡されたとき、私の心は砕け散りました。
挙句の果てに、3年間は慰謝料を奥さんに払わなくちゃいけないから、ばれないようにしろだとか、俺に死んで欲しいなら、死んでやるから、死ねって言ってくれとか。
あり得ないメールの内容でした。
そんな頭のおかしい人の子供を産んでも、きっとこの子は不幸になるだろうと思い、降ろす事にしました。
あっという間の事でした。手術台にのぼり、点滴を打ち、知らない間に意識が遠のき、病室のベットに戻っていました。

私のお腹の子は、たったの数十分で私の中からいなくなってしまった。
もう、どんなに泣き叫んでも、戻ってこない。

私は自分の子供を殺してしまった。もう、その罪悪感だけで、今は一杯です。
この子と同じような子供を、二度と作らないように、私はこの降ろした日を一生忘れないようにしたいと思います。

本当に、本当にごめんなさい。私の赤ちゃん。  

ラスカルさん (20代女性)より

私は高校二年生の時に中絶をしました。

当時の彼は一つ年下。お互い子供でした。

私はその彼とが初めての経験で何もわからないまま彼と関係を持ちました。
ゴム無しでも外出しすれば大丈夫という彼の言葉を信じていました。
ところが行為の後トイレに行って初めて中出しされていたことに気づきました。

その後妊娠...。

私は怖くて彼に泣きながらTELした。
でも彼は知らん顔。結局親にすがりつきました。
手術はあっというまにおわりましたが後悔で涙が溢れました。

その後何度も自殺を考えました。

あれから十年経ちますがいまだにあの日の事は忘れられません。

現在二人の子供がいます。
当時の彼には捨てられ今の夫に出会いました。
結婚前に妊娠。
でも私は二度と同じ過ちをしたくないと思い1人で育てる覚悟でしたが彼は妊娠をとても喜び一緒に育てようと言ってくれました。
若いと周りが見えなくなると思います。
でも中絶は本当につらいもの。
産めないならキチンと避妊してください。
もし彼が避妊をしてくれないならもういちど彼の事を考え直してみて。

アナタの事が大切なら避妊してくれるはずですよ。  

みりなさん (20代女性)より

私は高校3年生の秋に妊娠し、中絶の決断をしました。
彼は同じ歳でしたが、『お前が産みたいんやったら産んでいいよ』って言ってくれました。

しかし、彼の親はとても厳しい人…
私達の高校卒業…
いろんな事を考え、私一人で中絶するという決断を出しました。

中絶手術も一人で行き、麻酔もしましたがほとんど効かず気を失ってしまいそうな痛さとあふれ出てくる涙…

手術が終わっても、何日たっても、何ヶ月たっても、何年たっても、あの日の悲しみは一生忘れません。

産んであげられなくてごめんね。

毎日思っています。

今私は21歳です。
仲の良い友達は結婚、出産しています。
私は中絶してから赤ちゃんを見るのが嫌になり、友達の子供さえ触れません。

しかも今、子宮内膜症の治療で病院に通っています。原因は不明ですが、時期的に中絶と関係があるそうです。

中絶は心も体もボロボロにします。
ただ一つの救いは、高校の時からの彼とまだ付き合っていてこんな私と結婚して子供が欲しいと言ってくれることです。

中絶して子宮内膜症になって心も体もボロボロの私を支えてくれる彼がいるから今まで生きてこれたんだと思います。    

あいさん (20代女性)より

長年付き合った彼と別れたあと子供ができていることがわかり病院へ行き一週間悩み中絶しました。
手術台に上がってから体の震えが止まらず麻酔も部分麻酔のみで痛みと罪悪感で涙が止まりませんでした。

その後子宮内に血液がたまり同じ手術をしました。

今では心療内科にお世話になっています。本当に悲しかった。    

viviさん (30代女性)より

病気でやむえない理由で中絶しました。

子供が育てられる強いカラダに生まれなかった自分だから仕方ないと思いました。

ここではツライ思いをして出産をあきらめてしまった人が多いのですが、私は救われたという思いがありました。

やっぱり健康なお母さんから生まれたいよね。 お金もかかりましたしその後お腹が痛くて医者に通いました。
今は定期的に検診を受けていますが特に問題はないようです。

無責任に生むことをだけ選択するのはつらいことですが避けるのは非常に賢明な選択です。妊娠しないように気をつけること事前の知識が自分を救うと思います。   

綾さん (20代女性)より

長女を19歳で出産し、3年後に長男を出産しました。
それから6年経って再び妊娠が発覚した。
子供は2人でいいと決めていたのに思いがけない妊娠に戸惑った。
いろんな理由をつけて中絶することを正当化しようとした。
すごく迷ったあげく、堕胎手術の日を決めた。手術当日、ギリギリまで迷って、手術を保留にしてもらった。

    やっぱり産もうって考え直した・・・

ところが、数日経ってまた決心が鈍った。
結局、また手術の予約をした。

当日、かわいそうって気持ちから決心が鈍るといけないと思い何も考えないことにして手術の時間を待った。
昔、友達から聞いた話では、麻酔をかけられると気づいたときには終わってると聞いていたのに、私の場合、現実の世界に意識は無いものの、頭の中では意外とはっきりとした意識があった。

思ってたよりきつかった・・・でも苦しみはそこから始まった。

旦那にとっては、産むか産まないかを選択することが最大の悩みで中絶を決心した後は、結構さっぱりしたものだった。

  だが、母親は違う。麻酔が覚めた後から襲ってくる取り返しのつかない後悔・・・
自分の意思で自分のお腹に宿った小さな命を消してしまったという、今まで味わったことの無いやり切れない気持ち。

生活が苦しくなってもいい、兄弟たちに少しさびしい思いをさせるかもしれない、仕事の面や、中絶の理由としようとしたいろんな事が、赤ちゃんの命と比べたら、比較にならないほどちっぽけなものだって、今更気づいた。

でも、いくら後悔してもあの子はお腹の中には、戻ってきてはくれない・・

ある人が言った。
「どちらを選択するというよりも、その後の人生をどう生きていくかが大切だよ!」って。
亡くしてしまった赤ちゃんの分まで今いきている我が子を大切に育てなって言われ、それはそうだと思いながらも、そうゆう気持ちになれるまでには、まだまだ時間がかかりそうです。

中絶を考えてる皆さん、いろんな理由や、状況があるとは思いますが、よく考えて最良の選択をして下さい。
そして、産める状況にある方については、命の重さを感じてください。
お腹の赤ちゃんは、すくすくと居心地のよいあなたのお腹の中で育っています。

最後に私のあかちゃんへ        

「あなたを腕に抱きお乳をのませてあげられなくてごめんね・・・酷いママだけどあなたの事は絶対に忘れないからね!また会える日まで・・・」  

ミナさん (10代女性)より

今回、この体験を投稿することで新しい命の芽が摘み取られることが少なくなることを祈り、投稿します。

今の彼氏を私は元カノさんから奪い、付き合い始めました。
私も当時、付き合っていた彼氏がいましたが色々あり、私の気持ちのほうが冷めてしまったことから、別れる事が決まり遠方に住む今の彼氏の傍に居たくて、家を飛びでして行きました。

そのせいできっと生理が遅れてるんだ、ストレスかな…?

なんて甘く考えていました。
それに前の彼氏と危ないことを何度かしてきていましたが妊娠する気配なんかも全くなくてそんなに簡単に妊娠なんてするもんじゃないんだ…と勝手に思い込んでいた私がいけなかったのでしょう。

遠方に行って一ヶ月、仕事もやっと慣れてきて頑張ろうとしていた矢先、いきなりの体調不良、そして嘔吐…
最初、妊娠なんて思いもせずに内科の診察を受けに行きました。

薬ももらい、一週間…
普通なら治るはずなのに体調不良も嘔吐も治らず会社にも行けなくなり、私は親に連絡を取り実家へ帰ることになりました。
ほっとしたのか少し吐き気も収まったのですが、生理が一向に来ないことが私は少し心配になってきました。

そして実家に帰る前…おそるおそる使った検査薬は『陽性』
その結果に私は驚きと嬉しさ、そして焦りがありました。

なぜなら彼氏がまだ「高校生」だったから…
あと今年一年経てば卒業…

そんな彼の重荷になっていいのだろうかと本気で迷い、頭を抱えました。
ただ…私の場合よかったことが投稿されている皆さんのように彼がおろせという態度を取らず、真剣に私のことを考えてくれたということ、産んでいいよ、頑張ろうといってくれたことだと思います。

でも…周りはそうは行きませんでした。

彼は高校生で私は19…そんなに蓄えもないし、生活能力もない
そんな子どもに親や世間は産めとは言ってくれませんでした。

とても辛かった…お腹の子が否定され、いらない子だといわれているようで…
悲しくて、辛くて涙が止まりませんでした

唯一、彼の父親は産んでみたら?と言ってくれましたが私の親、そして向こうの母親の反対は消えることなく親を交えた話し合いの結果…おろすしかないとお腹の子を諦めました。

その話し合いをして二日後…
病院に行き、次の日の午後手術することが決まりました。

その話を聞いている間もずっと泣いたまま…ただ出てくるのはお腹の子に対しての謝罪と弱い自分を責めることだけでした。

そして手術のとき…遠方からわざわざ来てくれた彼氏のおかげで何とか精神的にまだ安定していたほうだったとは思います。
朝、行ってすぐに子宮口の拡張のため筒のようなものを入れられ、手術が始まるまで病室で休んでてくださいと通されました。

そして手術…足と手を固定され右腕には点滴を打たれ、あぁ…始まるんだと自覚したときには麻酔を打たれ私の意識は"闇"に消えました。
麻酔が効きやすい体質だった為、痛みなんかは全くありませんでしたが看護婦さんに起こされたとき、頭がまだクラクラしていました。

そして布団の引かれた部屋に連れて行かれたと同時に嘔吐…
朝、食べたものを吐き出していました。

それからずっと嘔吐を繰り返し看護師さんや傍にいてくれた彼氏に迷惑をかけてしまいました。

そして診察を受けて、帰宅…
その後も何度も何度も吐いてあぁ…これはあの子が私に与えた罰なのかなと思えました。

ゴメンね…ゴメンね…と今でも考えただけで涙が出てきます。

私が避妊について簡単に考えていなかったら…もっと大人な行動が出来ていたら…と本当に反省の念しかないです。
だからもうこんなことがないように、次出来てしまっても今度はきちんと産んであげられるように彼も私も強くなろうと今、必死で頑張っています。

もし…今、子どもを作る行為について簡単に考えている人がいるならこれを見て少しでも考えてもらえたら嬉しいです。

出来てしまった時、育てられるのか
二人で頑張っていけるのかを…